小川未明童話集
小川 未明 著/新潮社
童話の要旨は因果応報。でもその結果にいたるあるいはいたらねばならないことが いっぱいある、ということも同時に 教えてくれている。童話としては異色の「野ばら」。『青年は黙礼をしてばらの花をかいだのでありました』小学校の教科書に出てきた「野ばら」。童話でありながら死を行間に読ませる文章に、これにかかわるいろいろな人の気持ちが にじみ出ている。
色々な本を読むのが好きなので、 じっくり読んだ書評を紹介しています。 購入前の参考にしていただければ幸いです。
新渡戸 稲造 著、奈良本 辰也 訳/三笠書房
スタンダードなのだなあと思っていながら 読んだことがなかった。実は「国家の品格」に出てきたのをきっかけに読んだ。(あれは極端で偏りすぎている)訳が新しいので読みやすい。
「序文」1ページ目で、武士道の意義は明瞭簡潔に示されている。新渡戸稲造がベルギーの法学者との会話で受けた一言
「あなたがたの学校では宗教教育がないとは。ではいったいあなた方はどのようにして子孫に 道徳教育を授けるのですか?」
そう、序文で早くも気づかされた武士道の意義とは、「道徳の規範」。 思えば、子供心から確かにあった善悪の区別から始まって、「かっこ悪い」事への共通認識、道義的な壁の前で迷ったときの無意識の道しるべ・・・こういうものすべては、「武士道」に、弱いながらも確かにその残り香を感じる。
今について言えば、合理主義だけで説明できない日本特有の道徳観、価値観。 最近それらが合理的なものに押されて薄れつつある原因は、規範とするに欠点があるからではなく、そのルーツがはっきりしなくて基盤が脆弱だからじゃないだろうか。その基盤こそが、武士道だったのではないか、と感じた。
と、いっても封建社会を目指すとか右寄りになろうとかいうのが趣旨ではない。終盤では新渡戸自身も武士道の衰退を見据えている。それでも「いずこよりか知らねど近き香気」として、形式でない精神の中で生き続ける。
投稿者 Mabo 時刻 0:37
久々です。
mixiにばかり書いていました。
(以下、mixiより引用)
犬の散歩をよく目にする。 歩くのに気持ちいい季節なんだろう。
犬はよくこちらを見る。 犬好きは犬にばれるというから、 どうやらそれが伝わっているようだ。
人の1000倍強い嗅覚は、そういう気質も 嗅ぎ取れるのかも知れない。
高校の頃、実家の犬を散歩させたとき、 足を踏み外して側溝でつまづいた。
転んで思わず痛そうに足をさすっていると、 我が忠犬は、鼻を鳴らして心配そうに頭を寄せてきた。
おお、忠犬よ!我が友よ!
このドラマを再現したくて、 転んだフリをして、痛そうにしてみた。
ところが、全くそっぽを向いている。 今度はかなりリアルに転んで見せて、
痛そうな演技をしながら、横目でチラリと見た。 でもだめだった。
犬は、嘘も嗅ぎ分けるらしかった。
Microsoftエンカルタに誤植が! 地理分野の「世界の宗教」で、 「世界の3大宗教であるキリスト教、イスラム教、ユダヤ教」とあった。 ユダヤ教は違うぞ! 早速Microsoftに報告。やはり誤りだったらしい。 なんでも、「翻訳するときの名残・・・」と お詫びメールには書いてあったから、やはりキリスト教圏の 色合いが多少影響しているようだ。 しかしそれよりも、認識を改めたのは自分のほうだった。 「世界の3大宗教」というのは、主に日本で言われているらしい。 確かに、信者の人口ではヒンドゥー教もかなり多い。 意外なところで勉強になった。エンカルタを使うのを控えようかと 思ったが、自分の偏りも見えてお得だった。 まあ、生物の分野に「万物は神が創造した」とか書いてない限りは、 許すとするか。
やすらぎ。 2月、3月に行った山形の白い平原を、ある曲に誘発されて思い出す。 寒さに縮こまっていた季節にも、いや、だからこそ感じた安らぎを、 今はTシャツ1枚で緩慢に再燃させる。
投稿者 Mabo 時刻 15:23